はじめに
どこに向かっているのか?どこに向かえばいいのか?そもそも向かうとは?
人生の終焉を迎えることは、誰にとっても避けられない現実です。しかし、その終わり方については個々人の価値観や希望に大きく依存します。この記事では、「静かに終わりたい」というテーマに焦点を当て、どのようにして穏やかで平和な最期を迎えるかについて考察します。
1. 静かに終わるための準備
- 心の準備:自分自身と向き合い、最期を迎える心の準備をすることが重要です。瞑想やカウンセリングを通じて、心の平穏を保つ方法を学びましょう。
- 法的手続き:遺言書の作成や医療指示書の準備を行い、自分の意思を明確にしておくことが大切です。
- 財産の整理:財産や遺産の整理を行い、家族や友人に負担をかけないようにしましょう。
2. 穏やかな環境の整備
- 住環境の整備:自宅で最期を迎えたい場合は、快適で安全な環境を整えることが重要です。必要に応じて介護サービスを利用しましょう。
- 自然との調和:自然の中で過ごす時間を増やし、心身のリラックスを図ることが効果的です。庭や公園での散歩などが推奨されます。
3. 家族や友人との関係
感謝の気持ちを伝える:家族や友人に感謝の気持ちを伝えることで、心の安らぎを得ることができます。
思い出の共有:過去の思い出を共有し、楽しい時間を過ごすことで、心のつながりを深めましょう。
しかしながら私は1人でいることが好きなので友人知人とは30歳を過ぎた頃から交流をしていません。おそらく1人でも十分に楽しめるコンテンツが増えたからというのが大きいとは思います。それで思うのが元々、人付き合いは億劫なんだけど何か行動するのに1人は不安だからという理由で行動を共にしていただけなのかもしれません。
4. 医療とケアの選択
- ホスピスケア:ホスピスケアを利用することで、痛みや苦しみを軽減し、穏やかな最期を迎えることができます。
- 緩和ケア:緩和ケアを通じて、身体的・精神的な苦痛を和らげることができます。
5. 自分自身との対話
- 内省の時間:自分自身と向き合い、過去の出来事や感情を整理する時間を持ちましょう。
- スピリチュアルな探求:宗教やスピリチュアルな探求を通じて、心の平穏を見つけることができます。
哲学者たちは、人生や存在、知識、倫理などについて深く考察してきました。以下にいくつかの著名な哲学者とその考えを紹介します。
6.哲学者の思考
ソクラテス
ソクラテスは古代ギリシャの哲学者で、「無知の知」を提唱しました。彼は、自分が何も知らないことを認識することが真の知識への第一歩であると考えました。また、対話を通じて真理を探求する「ソクラテス式問答法」を用いました。
プラトン
プラトンはソクラテスの弟子であり、イデア論を提唱しました。彼は、現実の世界はイデア(理想的な形)の影に過ぎないと考え、真の知識はイデアを理解することによって得られると主張しました。
アリストテレス
アリストテレスはプラトンの弟子であり、現実の観察と経験を重視しました。彼は、倫理学、政治学、形而上学など多岐にわたる分野で影響を与えました。特に「中庸の徳」を提唱し、極端を避けてバランスの取れた生き方を推奨しました。
デカルト
ルネ・デカルトは近代哲学の父とされ、「我思う、ゆえに我あり」という有名な命題を提唱しました。彼は、疑うことのできない確実な知識を求め、合理主義を基盤とした哲学を展開しました。
カント
イマヌエル・カントは、認識論と倫理学で重要な貢献をしました。彼の「純粋理性批判」では、人間の認識能力の限界を探求し、「道徳法則」としての「定言命法」を提唱しました。
ニーチェ
フリードリヒ・ニーチェは、伝統的な価値観や道徳を批判し、「超人」や「永劫回帰」の概念を提唱しました。彼は、個人が自己を超越し、新しい価値を創造することを重視しました。
サルトル
ジャン=ポール・サルトルは、実存主義の代表的な哲学者であり、「存在と無」を著しました。彼は、人間は自由であり、自らの選択によって自己を定義する責任があると主張しました。
7.養老孟司先生の死生観
養老氏は「諸行無常」という仏教の概念を強調しています。すべてのものは変わり続けるという考え方であり、彼はこれを人間の体や生命にも当てはめています
養老孟司氏は、「本人にとっての死は存在しない」と述べています。彼の考え方は、死というものは他者から見た現象であり、本人が体験するものではないという視点に基づいています。死んだあとのことは知ったことではないと述べています。つまり死んだ本人は自分の死を意識することはないということ。そして終活(死後の準備)に対しても否定的です。死後のことを心配するよりも、今を生きることに集中すべきだと考えています
養老氏は、人間の体は常に変わり続けていると述べています。体を構成する物質は常に入れ替わっており、死ぬとその変化が止まると説明しています。
彼は自然との調和を重視しており、自然の一部としての人間の存在を強調しています。
養老孟司氏の死生観は、科学的な視点と仏教的な哲学を融合させたものであり、現代社会においても多くの人々に影響を与えています。
8.自分の最後は自分で決める視点
いろんな角度から考えてみる
- 自己決定権:個人の自由と自己決定権を尊重する観点から、自分の死に時を決めることは正当化される場合があります。特に、苦痛や病気に苦しむ人々にとっては、自分の最期をコントロールすることが重要な意味を持つことがあります。
- 社会的影響:一方で、家族や友人、社会全体への影響も考慮する必要があります。自分の決定が他者に与える影響を理解し、適切なサポートを受けることが重要です。
- 法的規制:多くの国では、自殺や安楽死に関する法的規制が存在します。これらの規制を遵守することが求められます。
- 医療指示書:自分の意思を明確にするために、医療指示書や遺言書を作成することが推奨されます。
- 個人の信念:宗教や哲学的な信念によって、死に対する考え方は異なります。養老孟司氏のように、死を自然の一部として受け入れる考え方もあります。
- スピリチュアルな探求:自分自身と向き合い、死に対する恐怖や不安を和らげるためのスピリチュアルな探求も有効です。
「自分の最期は自分で決める」という考え方は、個人の価値観や状況によって異なるため、一概に正しいとも間違いとも言えないと私は思っています。重要なのは、自分自身の信念や価値観を尊重しつつ、周囲の人々や法的規制を考慮することです。
心のどこかで;もう静かに終わりたい;と思っている自分がいます
安楽死というものを認めている国もあります。これは非常に難しい考え方ですね!
自論
人生とは、自ら欲求を生み出し、そして欲求を満たす、そしてまた欲求・・・これは本能が生み出す大がかりな自作自演ですね。よく人生の意味を問う人がいますが、私の答えははっきりしていています。
意味なんてありません。もちろん正解もありません!ただ大間違いなことは心が知っていると思います
結論
静かに終わりたいという願いは、多くの人に共通するものです。この記事を通じて、穏やかで平和な最期を迎えるための具体的な方法や考え方を僅かですが提供しました。自分自身の価値観や希望に基づいて、最期の時間を大切に過ごすことができるようにしましょう。
私はいつ自分を制御できなくなってしまうかわからないし、事故事件に遭うかもしれないので静かに穏やかに終わるためにも;明日死ぬかも;と思って準備しておくことも大切だと思います。ずっと考えるのは良くないけど・・・とりあえず終活しておくことが1番ですね!

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